• 天皇賞 春 1994年

天皇賞 春・秋

第109回 天皇賞(春) 1994年

1994年の天皇賞(春)は京都競馬場の改修工事に伴い、阪神競馬場で行われた。早くから最有力と見られていたのは前年1993年の菊花賞馬ビワハヤヒデ。しかし菊花賞を制した舞台となる京都ではなく、阪神での開催ということで、陣営もその対策を迫られた。

関西地区で天皇賞(春)のステップとなるレースといえば、阪神大賞典。しかし京都の改修工事により、この年の関西地区の競馬は変則開催を余儀なくされている。阪神大賞典は中京競馬場での開催となっていた。小回り・左回りの中京競馬場と阪神競馬場ではコース形態が全く異なる。阪神で行われる大阪杯という選択肢はあるが、2000メートルと天皇賞(春)のステップとしては距離が短すぎるのと、本番までのレース間隔もやや短い。

陣営が最終的に選択したのは2月に阪神で代替施行された京都記念だった。レース間隔が空きすぎるようにも思えたが、距離は大阪杯よりも長い2200メートル。このレースでビワハヤヒデは逃げるルーブルアクトを直後でマークするような競馬で順当勝ち。このレースを使ったことが果たして天皇賞(春)に活きるのか?

その約2ヵ月後に行われた天皇賞(春)。ビワハヤヒデは京都記念と同様に逃げるルーブルアクトの直後で流れに乗る。直線でそのルーブルアクトを交わして先頭に立つ。後方からナリタタイシンが追い込むも、前で流れに乗ることができたアドバンテージは大きい。ナリタタイシンは1馬身1/4まで詰めるのが精一杯だった。

この結果をもって、京都記念をステップレースに選んだのは正解、と断言してもいいのかはわからない。元々ビワハヤヒデの力が1枚も2枚も抜けていた可能性もある。それでも本番と同じコースで、同じルーブルアクトという馬を2番手で追走するという競馬を事前に経験できたことだけは確かである。

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