• 天皇賞 秋 2005

天皇賞 春・秋

第132回 天皇賞(秋) 2005年

2005年の天皇賞(秋)は例年とは少々異なるムードで行われたレースとなった。というのもこの日は天皇・皇后両陛下がご来場。「天皇賞」というレースではあるが、「天覧レース」となるのは異例のことである。両陛下は4コーナー寄りのスタンド「メモリアル60」から、このレースを見守られた。

単勝1番人気は前年2004年の覇者ゼンノロブロイ。その2004年は天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念と3連勝。その実績をもって、この2005年は英国・インターナショナルステークスに参戦して2着。このレースは帰国後、初戦となるレースだった。2番人気はハーツクライ。G1では前年2004年のダービーで2着、2005年の宝塚記念2着の実績がある。その宝塚記念以来の実戦となった。3番人気はリンカーン。2003年には菊花賞2着、有馬記念2着、2004年の宝塚記念3着と、G1タイトルにあと一歩のところまで来ていた。前走で京都大賞典を制しての参戦である。

1000メートル通過62秒4と、G1としてはかなり緩い流れで進んだこのレース、勝負は上がり3ハロン32秒台後半から33秒台前半の上がり勝負となった。先に抜け出しかけたのはゼンノロブロイ。やはりこの馬の連覇なのか。誰もがそう思った次の瞬間、1頭の牝馬が伸びてきた。14番人気の伏兵ヘヴンリーロマンスだった。このヘヴンリーロマンスとゼンノロブロイが並んで先頭でゴール。やや遅れた3着にはダンスインザムードが入った。1・2着は写真判定。結果はアタマ差でヘヴンリーロマンスに軍配が上がった。

前走で札幌記念を制していたが、牝馬ということもあってか、人気にならなかったヘヴンリーロマンス。ファンは大きな衝撃を受けることになった。しかしレース後、多くのファンはある光景に納得の表情を浮かべることになる。勝ったヘヴンリーロマンスと鞍上の松永幹夫は、馬場をもう1周する形で4コーナー寄りの「メモリアル60」へ。レースを観戦されていた天皇・皇后両陛下の前で馬を止めると、松永幹夫は馬上でヘルメットを脱ぎ、両陛下へ一礼したのである。恐らく、レース前から騎乗する騎手たちに指示が出ていたのだろう。しかし、甘いマスクを持つ松永幹夫だからこそ、似合う光景だった。この役を担うことが出来るのはこの人しかいない。そう思ったファンは少なくなかった。

翌年2007年、松永幹夫は調教師に転身の為に引退。引退前の松永幹夫にとって、この天皇賞(秋)は最高の舞台だったに違いない。あの凛々しい姿は今でも多くのファンの印象に強く残っている。

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