• 天皇賞 春 1981年

天皇賞 春・秋

第83回 天皇賞(春) 1981年

1981年の天皇賞(春)は1979年、1980年のダービー馬、そしてそのダービーでの上位馬たちに注目が集まった。1番人気に支持されたのはリンドプルバン。1979年のダービー2着馬だった。翌1980年の鳴尾記念と高松宮杯で優勝している。この天皇賞(春)の前走アルゼンチン共和国杯では2着だった。そのリンドプルバンを破って1979年のダービー馬となったカツラノハイセイコが2番人気に支持された。そのダービー以降はビッグタイトルとは縁がない。そして3番人気にはそのカツラノハイセイコの1年後にダービー馬となったオペークホース。この馬もダービー以降は勝ち星がない。いずれもダービーでファンの注目を集める活躍をしながらも、その後は期待に応えることが出来ずにいる3頭である。この天皇賞(春)で久しぶりのビッグタイトル獲得となるだろうか?

レースは3コーナーの坂「淀の坂越え」で急にペースアップする。リンドプルバンとカツラノハイセイコが後ろから動き出す。この2頭より前でレースを進めていたオペークホースは4コーナーから直線で馬群の外を回る。激しい叩き合いとなった。

その激しい叩き合いの中、馬群から突き抜けてきたのはカツラノハイセイコだった。オペークホースが馬群の外を回ったのとは対照的に、馬群の中を突っ込むような形で直線に入り、馬群を割って伸びてきた。リンドプルバンとオペークホースは伸びを欠いてもがいている。代わりにそのカツラノハイセイコに襲いかかったのは地方・大井競馬出身のカツアール。ゴール前はこの2頭の接戦に。しかしカツラノハイセイコは怯まなかった。カツアールの追撃に怯むことなく、先頭でゴール板を駆け抜けた。2年前のダービー以来のビッグタイトル獲得となった。リンドプルバンは4着、オペークホースは12着にそれぞれ敗れた。

カツラノハイセイコは次走の宝塚記念でカツアールに敗れて2着。その後は脚部不安もあって、そのまま引退することに。以前にも脚元の不安から長期休養を余儀なくされたことがあった。脚元が丈夫ならもっと活躍が見込めた馬だったのかもしれない。1981年の天皇賞(春)での勝利はこの馬が持つ力をこのレースで凝縮させたものであったのだろう。

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