• 天皇賞 春 1991年

天皇賞 春・秋

第103回 天皇賞(春) 1991年

1991年の天皇賞(春)は「3強対決」というのが前評判だった。単勝1番人気は前年1990年の菊花賞を制したメジロマックイーン。この年から主戦騎手が武豊に代わり、阪神大賞典を快勝しての参戦だった。

その1990年の菊花賞で3着だったメジロライアンが単勝2番人気。その菊花賞の後は有馬記念でも2着に入った実力馬だ。年が明けて1991年の初戦となった中山記念はまさかの2着。しかし中山記念は1800メートル戦。距離不足だったのでは?という声があったのを記憶している。

単勝3番人気のホワイトストーンはその1990年の菊花賞で2着に入っている馬。この1990年はダービーでも3着に入り、菊花賞の後もジャパンカップ4着、有馬記念3着と安定したレースを続けている。年が明けて挑んだ1991年の大阪杯を制しての参戦となった。

中団より前でレースを進めるメジロマックイーンに対し、中団よりやや後ろからレースを進めるメジロライアンとホワイトストーン。最後の直線では前を行くメジロマックイーンをメジロライアンとホワイトストーンが捕まえることが出来るのか?がポイントとなった。しかしメジロライアンもホワイトストーンも直線で伸びを欠いて失速。メジロマックイーンがあっさりと菊花賞に続いて2つ目のG1タイトルを手にすることになった。メジロライアンは4着、ホワイトストーンは6着にそれぞれ敗れた。

メジロマックイーン、ホワイトストーン、メジロライアン。1990年の菊花賞1~3着の3頭だが、当時は3着まで0秒6差しかなかった。だからこそ同世代のライバルとして注目を集めたが、半年が過ぎてその差は大きなものとなっていた。3頭の中では「遅れてきた大物」だった感があるメジロマックイーンだが、この1991年の天皇賞(春)の時点では1枚も2枚も上の実力を持つ馬に成長したと見ていいだろう。クラシック戦線以降の成長力の差が結果に現れた天皇賞(春)だった。

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