• 天皇賞 春 1992年

天皇賞 春・秋

第105回 天皇賞(春) 1992年

1番人気は前年1991年の天皇賞(春)を制し、連覇を目指すメジロマックイーン。この1991年は天皇賞(秋)で1位入線するも走行妨害で18着に降着、という悔しい敗戦もあった。この年1992年の天皇賞(春)はその時の悔しさを晴らすべく挑む戦いでもあった。

そんなメジロマックイーンに挑戦状を叩きつけた馬がいた。前年1991年の皐月賞、ダービーを制した2冠馬トウカイテイオーである。ダービーの後に故障が判明して休養していたが、復帰戦の大阪杯を快勝。新馬戦から7戦7勝。無敗である。その大阪杯から日本を代表する名手岡部幸雄が手綱を取っている。メジロマックイーンにとっては強敵だ。単勝1番人気の座もトウカイテイオーに譲ることになってしまった。果たして「王舎」の座も譲ることになってしまうのか?

レースは京都競馬場名物、3コーナーの「淀の坂越え」で大きく動いた。メジロマックイーンが早くも先頭に立って坂を下る。このメジロマックイーンの動きにトウカイテイオーも反応した。4コーナーではメジロマックイーンの直後にまで進出。2頭は最後の直線を迎える。

メジロマックイーン、トウカイテイオーによる叩き合いとなった最後の直線。しかしトウカイテイオーの伸びが鈍い。メジロマックイーンがその差を次第に広げていく。先頭でゴール板を駆け抜けたのはメジロマックイーン。トウカイテイオーは後続にも交わされて5着でゴール。メジロマックイーンが「王者」の座を守った瞬間だった。

そのメジロマックイーンもG1を勝ったのは1年前1991年の同じレース以来だった。宝塚記念では2着に敗れ、天皇賞(秋)では降着の悪夢。更にジャパンカップでも、有馬記念でも勝ち星を逃してきただけに、この天皇賞(春)のタイトルはどうしても死守したかったに違いない。その勝利への執念は、トウカイテイオーという新たなライバルの出現という事態でも、全く変わることはなかったのである。

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