• 天皇賞 秋 1984

天皇賞 春・秋

第90回 天皇賞(秋) 1984年

1984年。この年から天皇賞(秋)は大きな変化を遂げることになる。この年から、日本の競馬界にグレード制が導入されることになった。長年、古馬の頂点を決めるレースとして位置づけられてきたこのレースはG1の格付けを受けることになった。そしてもう一つ、春に京都競馬場で行われる天皇賞(春)との差別化を図るため、これまでの芝3200メートルから芝2000メートルに、距離が短縮されることになった。これにより、春は長距離に適性のある馬のNO.1決定戦、秋は中距離路線の最強馬を決めるレースと位置づけられた。

単勝1番人気に支持されたのは、前年1983年の皐月賞、ダービー、菊花賞を制して3冠馬となったミスターシービー。もちろん単枠指定馬となった。単勝オッズは1.7倍。断然の1番人気である。2番人気は、この年の宝塚記念優勝馬カツラギエース。前走の毎日王冠で、ミスターシービーを破っている。3番人気はサンオーイ。この年の安田記念3着馬。デビューの地、公営・大井競馬で最強を誇った馬である。

このレース、ミスターシービーは最後方からレースを進める。距離が短縮されても、その戦法に変わりはない。いつもの作戦にファンも驚く様子は全くなかった。3コーナーから徐々に前に進出。鞍上の吉永正人は馬群の外を回る安全策ではなく、馬群の中を突っ込む作戦を選択した。

馬群の外に馬を持ち出したのは、直線半ばに入ってからのこと。前方の視界が開けて、追い込みの入った時のミスターシービーの脚色は、他の馬とは全く異なるものだった。最後は馬群から1/2馬身抜け出す形で先頭でゴール。4つ目のビッグタイトルを獲得した。勝ちタイムは2分を切り、1分59秒3のレコード。G1にふさわしいレースとなった。

ミスターシービーはシンザン以降、19年も続いていたこのレースでの1番人気馬の連敗をストップ。この天皇賞(秋)の距離短縮には、当時様々な議論があった。しかし、こうして前年1983年の3冠馬ミスターシービーが1番人気に応え、更にコースレコードで優勝したことで、その格は守られたと見るべきなのかもしれない。

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