• 天皇賞 春 1982年

天皇賞 春・秋

第85回 天皇賞(春) 1982年

1982年の天皇賞(春)で1番人気に支持されたのはモンテプリンス。ビッグレースのタイトルに手が届きそうで、なかなか届かない馬だった。

1980年の皐月賞では道悪に泣かされて4着。続くNHK杯で7馬身差の圧勝を演じるも、ダービーではオペークホースに0秒1差で敗れて2着。菊花賞でもノースガストにクビ差届かず、2着に敗れていた。

勝ち切れない競馬は翌年1981年になっても続いた。この年の天皇賞(秋)ではホウヨウボーイと接戦を演じたが、写真判定の結果はハナ差で2着。更に有馬記念でもアンバーシャダイの0秒4差3着に敗れている。

差のない競馬を続けているのだから、弱い馬の筈はない。間違いなく、強い筈だ。だが運がない。そんなモンテプリンスはいつしか「無冠のプリンス」という、ありがたくない呼ばれ方をされるようになった。この「無冠」は何とか返上したい。陣営にはそんな想いがあったに違いない。「無冠返上」へ向けての戦いは1992年も続く。東京新聞杯を勝利し、中山記念では2着。そして挑んだ天皇賞(春)だった。

最後の直線でモンテプリンスが前を行くミナガワマンナを交わして先頭に立つ。追いかけてきたのはアンバーシャダイ。前年1981年の有馬記念優勝馬だ。モンテプリンスが懸命に粘る。鞍上・吉永正人のムチが飛ぶ。その吉永正人の気合にモンテプリンスは応えてみせた。アンバーシャダイに1馬身1/4差をつけての勝利。これでようやく「無冠のプリンス」の名は返上となった。

「無冠」の名を返上したモンテプリンスは、次走の宝塚記念でも勝利。実力馬の証を改めて示した形となった。そしてその2年後には弟のモンテファストも同じ天皇賞(春)を優勝。血統面でもその素質の高さをファンに示した形となった。

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