• 天皇賞 秋 1998

天皇賞 春・秋

第118回 天皇賞(秋) 1998年

1998年の天皇賞(秋)で、単勝1番人気に支持されたのはサイレンススズカ。単勝オッズは1.2倍。断然の人気である。

この1998年、多くの競馬ファンはサイレンススズカの快速ぶりに驚かされ続けた。2月のバレンタインステークスに始まり、3月の中山記念、4月に中京で行われた小倉大賞典、5月の金鯱賞と、スタートからスピードの違いでハナに立ち、後続の馬たちに影さえ踏ませないレースを続けたのである。そして7月の宝塚記念でも逃げ切り勝ちを決め、念願のG1タイトルを手にすることに。そして秋初戦の毎日王冠も同様の競馬で圧勝。毎日王冠が終わった時点で、多くのファンが天皇賞(秋)を制するサイレンススズカの姿を想像したに違いない。

この天皇賞(秋)でもサイレンススズカは同様の競馬を見せた。最内枠からあっさりとハナを奪い、後続をグングン突き放す。1000メートル通過は57秒4。常識的には、最後は前が止まるハイペース。しかし、この馬に関してはこのペースでも問題ない。そう思った次の瞬間、多くのファンは言葉を失うほどの悲劇を目の当たりにすることになる。

4コーナーの手前でサイレンススズカがスローダウン。場内実況が故障発生を伝えている。後続の各馬たちが、サイレンススズカを交わして前を急ぐ。悲鳴が上がる。

しかし、それでもレースは続く。ゴール手前で先頭に立ったのはオフサイドトラップ。その内側からステイゴールドが迫る。しかしその差は詰まらず、オフサイドトラップが先頭でゴール板を駆け抜け、G1初制覇を果たした。

このオフサイドトラップのゴールの瞬間よりも、4コーナーの方ばかりを見ていたファンは少なくなかった。オフサイドトラップのゴールを見届けた後、すぐに視線を4コーナーに移したファンもたくさんいた。視線の先にあったのは、痛みに苦しむサイレンススズカの姿だった。もし何事もなく、ゴールに到達していたら、きっと後続に大差をつけて勝っていたに違いない。しかし、その姿を見ることは叶わなかった。そしてサイレンススズカは帰らぬ馬となった。

サイレンススズカは前走の毎日王冠を勝った時、G2戦なのに芝コースを戻って来るウイニングランが行われた。この姿を天皇賞(秋)でもう一度見ることになると確信したファンは少なくなかったのだが・・・。悲しい結末の天皇賞(秋)となった。

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