• 天皇賞 秋 2003

天皇賞 春・秋

第128回 天皇賞(秋) 2003年

2003年の天皇賞(秋)は1000メートル通過56秒9という、とんでもないハイペースでの競馬となった。どうしてこんなレースになってしまったのか?レースを引っ張ったのは、後藤浩輝騎乗のローエングリンと吉田豊騎乗のゴーステディ。この二人の騎手には因縁があった。かつて先輩である後藤が後輩の吉田の態度に腹を立て、殴打事件を起こしたことがあった。その当時の感情がお互いに未だにあったのが背景なのか?全く無関係なのか?しかし、両者ともに逃げ・先行馬に騎乗することから、こうした展開を予測した競馬記者も実在した。

このレースの単勝1番人気はシンボリクリスエス。前走の宝塚記念で5着に敗れ、しかも東京競馬場の芝2000メートルでは最も不利とされる大外8枠18番を引いてしまったシンボリクリスエスだが、このハイペースに鞍上のオリビエ・ペリエは「助かった」と思ったに違いない。前が潰れることはほぼ確実な流れである。無理に仕掛けて上がっていくことはない。7~8番手の位置から、遠く離れた先行争いを見る形でレースは流れた。

最後の直線に入る。ダラダラとした坂の途中で、まずゴーステディが苦しくなった。その坂を乗り越えたローエングリンも、ここまでが限界。一気に馬群に飲み込まれてしまう。代わりに先頭に立ったのはシンボリクリスエス。外からツルマルボーイが追いかけるが、脚色はシンボリクリスエスの方が上だった。結局、シンボリクリスエスが1馬身1/2差先着してゴール。昨年のこのレースに続いて、2連覇を達成した。

勝ちタイムは1分58秒0。「レコード」の赤い文字が掲示板に浮かび上がった。しかし見ていたファンは、このタイムが出た原因は前半ハイペースで逃げ争いを演じた2頭にあることを皆、知っていた。「馬が故障したら、どうするのか?」というファンからのクレームの電話がレース後、JRAに殺到したと聞く。レコード決着となるレースは普通、ファンの驚きの声に包まれるものだが、このレコード決着には、何か後味の悪いものを感じたファンも少なくなかった天皇賞(秋)だった。

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