• 天皇賞 春 1999年

天皇賞 春・秋

第119回 天皇賞(春) 1999年

競馬の世界で常に注目を集める年齢と言えば、やはり「3歳」ということになるのだろうか。皐月賞・ダービー・菊花賞という「クラシック3冠」路線が確立されているだけに、どうしてもそんな印象になる。しかし実際には多くの競走馬が年が変わって4歳となって以降も現役競走馬としての生活が続く。従って「3冠」路線が終わって以降の「成長力」も一つの大きな注目点となる。

1999年の天皇賞(春)を制したスペシャルウィークはその「成長力」に疑問符がついた時期があった。前年1998年のダービーを制して、一度はこの世代の頂点に立った馬だった。しかしその1998年秋シーズンは菊花賞でセイウンスカイの逃げ切り勝ちを許してしまい、2着に敗れる。次走のジャパンカップでも同世代の外国産馬エルコンドルパサーと2世代上の牝馬エアグルーヴとの叩き合いに敗れて3着。惜敗とはいえ、ダービー以降はG1タイトルに手が届かない。

この1998年の有馬記念を回避して立て直されたスペシャルウィークは、年が明けた1999年のアメリカJCCから始動した。直前の調教での不調ぶりが伝えられながらもこのアメリカJCCを制したスペシャルウィークは、続けて阪神大賞典も優勝。そして迎えた天皇賞(春)は菊花賞で敗れたセイウンスカイ、前年1998年の優勝馬メジロブライトとの対決となった。

菊花賞同様、セイウンスカイが逃げの手に出る。その菊花賞の反省もあったのだろう。スペシャルウィークと鞍上の武豊は逃げるセイウンスカイを常に射程圏として見ることが出来る位置でレースを運ぶ。その作戦は正解だった。4コーナーを2番手で直線に入り、直線で逃げるセイウンスカイをあっさりと捕まえた。後方からはメジロブライトが襲い掛かるも先に動いたスペシャルウィークの方に流れは有利だった。1/2馬身差でスペシャルウィークが先着の形でゴール、天皇賞(春)のタイトルを獲得した。

前年1998年のダービー以来のG1タイトル獲得だった。そのダービーとは違う、「早めの競馬」での勝利はこの馬の「成長力」を証明するものであるに違いない。スペシャルウィークが同世代のトップホースであることを改めて証明したレースとなった。

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