• 天皇賞 春 2001年

天皇賞 春・秋

第123回 天皇賞(春) 2001年

テイエムオペラオーが走った全てのレースで手綱を取った騎手は和田竜二。1996年のデビューだから、この2001年の天皇賞(春)はデビューして6年目のシーズンに迎えたレースということになる。まだまだ「若手騎手」の範疇に入っていた頃だろうか。そんな時期の彼が巡りあった馬がこのテイエムオペラオーだった。「馬が騎手を育てる」という話は競馬の世界では良くあるが、この2001年の天皇賞・春の勝ち方は「テイエムオペラオーが和田に競馬を教えているのでは?」と思えてしまうレースだった。

2周目の3コーナー、京都競馬場名物「淀の坂越え」でのことである。坂の下りで和田は激しいアクションで馬を追い始める。勝つためにはここで仕掛け始めなければ、と和田は思ったに違いない。しかしテイエムオペラオーはスパートしようとしない。おかしい。慌てた和田がムチを入れる。見ているファンもその光景に不安を感じた瞬間だった。こんな手応えで果たして前を行く馬を捕まえることができるのだろうか?

しかしその不安は4コーナー、そして直線に入った時にはもう払拭されていた。馬場の中央から突き抜けるテイエムオペラオーの末脚はいつもと同じく、強烈なものだった。前年の2000年同様、先に仕掛けたナリタトップロードをあっさり交わし、更に後ろから追い込んできたメイショウドトウの追撃を許さず、先頭でゴール。このレース2連覇を達成した。

あの坂の下りでの反応の悪さは何だったのだろう?前を急ぐ騎手・和田竜二に「スパートするのはまだ早いよ」と教えているように見えた。騎手の指示がなくても、どこまで我慢して、どこで仕掛ければ勝てるのか、を自ら判断出来るだけの賢さを持っていたのかもしれない。前年2000年にG1を5つも勝ったのは、そんな賢さを持った馬だったからなのではないか?レース後、そんな感想を漏らすファンが少なくなかったことを記憶している。「騎手以上にレースでの勝ち方を知っている馬」の存在を見た想いがした。

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